Critique Of Games ―ビデオゲームをめぐる問いと思索―

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 プレイヤーがゲームを体験する時にはゲームから情報を与えられると同時に、プレイヤーがゲームに参与することでそのゲームの体験がはじめて生成されるわけだが、

  • (1)ゲーム内における体験を意図的に制御することのできる場合と
  • (2)意図的に制御ができない場合

とが存在する。

  • (1)意図的な体験とは例えばシムシティなどでどこにどのように街を作るかということであったり、テキストアドベンチャーにおいて選択肢を主体的に選んでいく、などといった行為に見出される。
  • (2)一方、意図せざる体験とは、何らかの対象を観察したり読んだりする際に先入観などとの関係などで「○○を体験した」という意識が作られていく過程である。(ゲームのプログラムの側の処理によってランダムに何かを生成してしまう、というようなことではない。)
     こうした先入観のようなものはプレイヤ側から意図的に選び取るものではなく、いつのまにかプレイヤの意識の中に混入するようなものであるため、これを制御/選択する意志が成立しえない。そのためこれを「意図せざる体験」として捉えよう。

 後者の「意図せざる体験」は一般的な文学/映画/漫画にまつわる単なる解釈多様性の成立のことを指しているだけであるとも言える。だが、小説や映画などといったメディアが体験される際には「意図せざる体験」(解釈多様性)は行われても「意図的な体験」(体験を自ら選び取る多様性)という過程はまず存在しない。このような既存のメディアと区別する意味で「意図的な体験」という概念を導入することに一定の意義が見出せるのではないだろうか。

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最終更新: 2007-02-17 (土) 20:46:01 (4567d)